Moira McCavana 'No Spanish'

暗闇の世界に音が響く

2019年O.ヘンリー賞受賞作集から、2本め。これまで三分の一ほど読み、おおむね粒揃いの受賞作集だけれど、今のところ抜群にいい。

主人公はスペイン人、ローティーンの女の子。両親、そして7つほど歳の離れた兄と一緒に暮らしている。父親がある日突然「この家ではスペイン語は禁止。バスク語だけ話すこと」と言い出し、彼女の日常は大きく変わっていく。時はフランコ政権真っ只中。バスク語を話すのは違法とされていた時代。何より家族はみなバスク語をまったく話せない。最初は本気にしなかった家族だが、スペイン語を話した兄が父に罰をくらうのを見て、父が真剣なのだと知る主人公。そうはいってもお互いにふざけあって日々を過ごしていたけれど、父が転職し、家族みなで引っ越したことで、濃密なバスク語の世界で生きることになり―。
というのがあらすじ。これだけでもこの短編の面白さが伝わるとよいのだけれど。ちなみにバスク語は、世界で最も習得が困難な言語の一つと言われているそう。

どこか抜けているが独断的な父に振り回され、望まない形で他の言語の習得を強制させられる(しかもネイティブ言語を禁じられて!)―という状況は決してハッピーなものではありえないはずなのだけれど、彼女は深刻に落ち込むことなく、時に面白がりながら日々を生きていく。根っこには父のバスク人、バスク語に対する過剰な肩入れがあるけれど、そこに別に民族の物語が色濃く描写されているわけではなく、(実際のところは推測するしかないのだが)彼女からするとただフランコが気に入らないから、という程度に描かれているのも、この状況を深刻さから救っている一つの要素ではあると思うけれど、それより何よりこの主人公の眼差しだ。彼女のレジリエンスというか、どこかしたたかさも含むまっすぐな瞳に、読者のほうが力をもらえるようなのだ。この状況を、深刻な家族の危機や政治の物語としてある意味安易に解釈するのではなく、あくまでも拡大も縮小もせず、写し取っていく。
引越し先での孤独。ある時から急速に身についてくる言葉。友達との夜の時間。男の子との出会い。そして突然訪れる、恩寵のような出来事…。合間合間のちょっとした事件やエピソードも全部引っくるめて、ぞくっとくるほどみずみずしく、美しい話だ。

そして、今「突然」と書いたけれど、突然なんかではない、とも思う。英語で小説を読んでいると、ある瞬間、からだ全体が文章にぐっと引き付けられることがある。文字通り体が前のめりになり、目は大きく開かれ、文章が突然クリアーに見えてくる(目が悪いのに読書中は眼鏡をかけていないからなおさら)。視界の中の他のものはぼやけ、音は遠ざかり、ただ文章だけ、そういう体験がある。
それはたいてい、何か意外なこと、予想外のことが書かれているときなのたが、それだけではなく、大事なのは、その「予想外」が、実は自分が心の底で待ち望んでいた言葉だ、ということなのだ。驚くとともに、納得もする。そうだ、これが読みたかったんだ…と。
なぜかは分からないけれど、今日本語で小説を読んでも、こういうことはほとんど起こらない。もしかすると、昔はたくさんあったのかもしれない(だからこそ、今もこうやって本を読み続けているのかもしれない)のだが。
そしてこれは小説に限らなくて、映画や音楽といった他の表現芸術でも、感じたことがある。そんな気がする。

ともかく、この短編のラスト付近に起こる出来事はまさにそうした体験を僕にもたらした。こういうことがあると、もう読んだことを忘れられなくなる。もう一回読みたくなる。

作者は93年生まれ。ハーバード大出身で、この短編の初出もHarvard Review。バスク地方を舞台にした短編を書き続け、作品集も出したようなのだけれど、検索してもなかなか情報が出てこない。